June 24, 2017

ガーフィールド

昔の上司から貰った小さなぬいぐるみ、
それがガーフィールドとの出会いでした。
それが漫画本になり、辞書になり、と、ガーフィールドに嵌まりました。
アメリカで見付けて、思わず3枚買ってしまいました。ずっと押し入れにあったのですが、懐かしく張り出してみました。
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自宅で美術館

美術館で、その時印象に残った作品を持ち帰りたくなり、つい買ってしまうことってありませんか?
久しぶりに、昔の絵を貼ってみました。
今は、クリアホルダーが多いですね。
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May 10, 2012

ロベール・ドアノー

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いつのころからか、この写真に魅せられて、kissを特集した本の中に見つけたこの写真のページを開いて、部屋に飾っていました。誰の作品だったか、そんなことは知らずに。

そして、この5月、恵比寿の東京都写真美術館のお知らせで、この写真に再会。これは行かなくては!なにがなんでも行かなくては!木曜と金曜は夜8時まで開館というので、カレを誘いました。
多くの作品が並ぶ中で、この写真に出会えたとき、ジワッと何とも言えない気持になりました。学生時代に出会って、ずっと記憶の中にあり、部屋に飾っていた写真の本物が目の前に展示されている、しかも本物です。

写真家の名前は、ロベール・ドアノー。フランス人。最初は自動車のルノーに勤めますが、遅刻と欠勤が多く5年で職を離れます。しかし、その才能はその後ヴォーグの写真担当や、著名人からのポートレート撮影依頼などへとつながってゆくのです。人との距離を置くことで、時間の流れのなかに、よい写真を撮ってゆくロベールは、繊細な青年らしいポートレートで私たちをむかえてくれました。

なのに、カレの感想は「オレにも撮れそうな写真ばっかだな」と一言。
わかっていないことがわかりました、はい。

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October 16, 2011

南極大陸

日曜日の夜、「南極大陸」が始まった。
そう、昔、映画で見た「南極大陸」、あの氷の下から響いてくるようなヴァンゲルスの音楽、そして、渡瀬恒彦のタロとジロとの再会。
その「南極大陸」が時代を経て再構成された。その予告編を見ていて、「ワタシ、イヌには弱いからな~。ぜったいウルウルするな」とつぶやいたら、「へえ、そう。じゃ、人間には強いわけ?」と。「いえいえ、近くにいる人には弱いけどね」とワタシ。
そんなことを言うカレは、ドラマが始まるやいなや、「お先に」と寝てしまった。

話はその日の夕食。
オケの練習から戻ってきたワタシに「まだ、出来てないけど」とワサワサしたけど、なんとキッチンには、
・ビーフカレーが辛さ調整+牛肉を焼いて入れるだけ
・肉じゃが(完成品)
・鮭のホイール焼き+塩コショウで閉じるだけ
というメニューが並んでいました。ワタシは、カレーの辛さにコメントし、牛肉を冷蔵庫から出し、肉じゃがの味付けにokを出しながら、ホイールの蓋を閉じた。そして、オーブンに予熱をいれ、12分、230度に設定。レタスにベーコンビッツとヒマワリのタネを振りかけてレモンドレッシングというサラダで参戦。そして、白ワインを冷蔵庫から出し、ワイングラスを並べた。

なんと豪華な夕食。いままでのワタシの生活では、ビーフカレーなら、それ1品+サラダで終わり。肉じゃがなら、しかもシラタキやシイタケ、具が豪華な肉じゃがなら、これにホウレン草のお浸し+お味噌汁で終わり。そして、鮭のホイール焼きなら、それ一品であとはご飯とお吸い物、+納豆があるかないか・・・  とホイール焼きをつまみにしながら伝えた。 
しかし、目の前には3日分のおかずがテーブルに並ぶ。「普通の家なら、これで3日分の夕食だろうな。でも、これがオレの好みだから」という。たしかに、その手際は見事だ。

そんなカレを寝室の向こうにドアを閉め、時代を経て戻ってきた「南極物語」を見る。主役だった渡瀬恒彦は父親役で登場し、山本学は好々爺となってカラフト犬博士となり、宗谷は蘇る。そのドラマに流れる音楽は、やはり心地よい。

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May 04, 2010

久しぶりに原宿へ①

ワタシが大学生だったころ、原宿に東郷女子学生会館という、東京の大学に通う地方の子女たちを預かる寮がありました。東郷神社のすぐ隣にあった8階建てのビルです。寮母さんたちが詰める事務所には、大きな透明なパネルがあり、そこには名札を掛けて、寮生たちが外出しているか部屋にいるかが判るようになっていました。訪問者は男性であれば、たとえ家族(父兄弟)であっても、ロビーでストップ。私たち寮生は、自分たちの部屋へ行くには警備員さんの机の脇を通っていくというシステムでした。そして、門限は22時。あの原宿にあって、門限は22時。遅れる場合には、寮母さんへの電話連絡が必要でした。外泊する場合は、大学のクラブ合宿であれば、部長から「宿泊証明書」へ判子をもらってこなければならなかったし、親戚の家に泊まりに行くにも、同様に「宿泊証明書」に祖母の判子をもらってきたものです。

そのころの竹下通りには、まだ少し大人の色が残っていました。明治通りとの角には、パレ・フランセというパリの香りを感じさせる、子供にはちょっと足を踏み入れられないようなビルが建ったばかりだったころです。一方、明治通りを1本裏道にはいると、そこには昔からの商店街があって、八百屋さんや文房具店が並んでいました。その中には小さなカレー屋さんがあって、白いご飯の上には干しブドウが3つ載っていたのが印象的でした。思い返すと、それがワタシにとってのカレー開眼でした。

そんな思い出深い原宿という町へ久しぶりに出かけてみました。

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September 03, 2009

華奢な骨

来週、一緒に飲もうとしていた人からこんなメールが来ました。

先週末のテニスで左首・肩から左手指先まで痺れがでて、初めてのテニス肘か?と思いましたが、テニス肘は、普通、利き腕(私は右)に発症すると言われました。最近は両手バック打ちなので、利き腕という言い方は時代錯誤なのかもしれませんが、私の場合は単なる頸椎ヘルニアのようです。ちょっと悲しい事態です。

と。

そこで思い出した自分の話し。

テニス肘、その昔、ワタシにも身近なものでした。毎週日曜日には4時間ほどテニスをしていた時期がありました。そんななか、ワタシが経験したのは、テニス肩というものでした。近所の整形外科へゆき、レントゲン撮影、肩に注射をしてもらったのを覚えています。そのレントゲン写真を見ながら、お医者さんがこう言いました。
「いやあ、思ったより骨は華奢なんですね、はは」と。

そう、季節は夏でした。3泊4日のテニス合宿を終えたばかりだったので、思いっきり日焼けしていました。しかも、ノースリーブワンピが好きだったので、肩はとくに真っ黒です。そして、整形外科にはタンクトップで行きました。
お医者さんにしてみたら、真っ黒な肩を出して、160センチを超えた女の子がやってきたのですから、さぞかし頑丈な骨太に違いない、と思ったのでしょう。

そういえば、先日NHKスペシャルで、クレオパトラの妹、アルシノエの骨がエジプトから遠く離れたトルコのエフェソスで発見されたということを知りました。アルシノエの骨は大腿骨で身長が推測され、骨が細かったので、スラリとした女性だということもわかったといいます。
ふふ、骨が細い=骨が華奢=ワタシ?

「華奢ですね」という言葉、なにかくすぐったい記憶に繋がります。

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June 13, 2009

FACOMというパズル

0620facom部屋を片付けていたら、本棚の下の引き出しからこんなパズルが出てきました。「3940通りの組み合わせを見つけたのがF社コンピューター、ということにちなんで命名しました」と箱の底でシワシワになった説明書に書いてありました。

このパズル、小学生のころ、父親の会社の取引先から戴いたものです。たしか、この立方体1種類しかワタシは作れなかったかと。というか、箱に仕舞うためには、なんとか立方体にしなくてはならない。だから、蓋を開けたばかりの組み合わせだけは出来た、という感じです。しかし、そういう想い出の品って、思いがけないところに隠れていますね。
その会社は来年、75周年を迎えますし、その中の一員として自分が勤続年数を伸ばすことになろうとは。ひょっとして、このパズルが初めての出会いだったかもしれません。

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May 17, 2008

ヴィーナス三題

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明日が最終日というギリギリになって、やっと会うことができたウルビーノのヴィーナス。土曜日の午前中は、人の数も少なくて、自分のペースで鑑賞することが出来ました。
今回学んだことは:
 ・ヴィーナスの絵には、犬がいて、愛の忠実さのシンボル。
 ・ウズラは欲情や多産の隠喩。
 ・バラは甘い香りによってヴィーナスの持ち物であること。

ワタシが好きなのは、ウズラに向かって、犬が威嚇している図、そして、バラを携えたヴィーナスが、キューピットの話に耳を傾けながらも、凛とした表情。同じく、ティツィアーノの作ですが、大人度が高くて好きです。

ずっと昔、ミロのヴィーナスが東京にやってきたことがあります。まだ小さかった私は、両親に連れられて上野西洋美術館の長い列に並びました。あまりに列が長いので、母親に列をまかせて、父親と列を離れてトコロ天を食べに行ったりと、とにかく並びました。たしか、螺旋階段を下りながら鑑賞する、そして、フルートの生演奏があったと記憶しています。
その夜、ワタシは自分がヴィーナスになった夢を見ました。両手が無くて、悲しくて、泣いていた・・・そんなミロのヴィーナスと再会したのは、大学卒業旅行でのルーブル美術館。久しぶりに見たミロのヴィーナスはとても力強くて、1つの方向を凛と見つめていて、圧倒されたのを覚えています。

小さな少女のころから、ずっと、ヴィーナスって、好きですheart

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February 11, 2008

ワタシのDNA

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その昔、ワタシが担当していたのは磁気テープ装置。今は、ストレージと言われているかもしれないけど、相手先プランドで売るというOEM商談を担当していました。そのときは、実務レベルの打ち合わせをQuarterly Meetingと称して、お客様の国と日本とで交互に行っていて、海外出張に出かけることもあったのです。
懐かしいですよね。そういうビジネス仲間の間で、いま、磁気装置DNAを纏めて小冊子にしようと言うプロジェクトがあります。
当時のことですから、女性が海外ビジネスに係わっていて、しかも海外出張なんてなことが珍しい時代だったので、ワタシにも1筆書かせていただくことになりました。書く、といえば、やはり写真が欲しいな、と昔のアルバムを引っ繰り返してみました。
うふheartこんな素敵な写真みつけました。お客様のビルの入り口での一枚どす。

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December 21, 2007

忘年会という同窓会

エルビス・プレスリーが亡くなった夏に、アメリカのサンタ・ローザという町にホームステイしていた仲間と、いまも同窓会をしている。同窓会というより、年に一回集まっているという感じ。今年もそんな時期がやってきて、金曜日の夜、新宿に集まったのは7名。
サンタ・ローザという町は、スヌーピーの生みの親、チャールズ・シュルツさんの住むところなんですね。日曜日に教会へ行けば、教会前の広場にシュルツさん直筆のイラストが脚立に載せられていました。何故、「このスケッチ、戴けませんか?」と言えなかったんだろうって、後悔することしきりです。もちろん、そのスケッチと記念撮影はしてきましたけど。。。
この同窓会での話題は、やはりホームステイしていたときの思い出話。
・バナナシェイクとバニラシェイクが伝わらなかったよね
・あの大きなアイスクリーム「バナナ・スプリット」ビックリしたよね
・歓迎ディナーで焼いてくれた七面鳥が延々と夕食に出続けたのは参ったね
などなど、その時のギャップ、驚きを、今となっては楽しい思い出として語りあう。そんな時間を共有できる。そんな場を提供してくれる世話役くんには、本当に感謝しています。ありがとっ!

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